令和4年8月7日(日)
県大会まであと3日。
今日の練習終わりにも伝えましたが、不動岡高校では県大会後のA部の練習は3時間ほどになります。
これは3年生の受験勉強のためです。
夏休み後半の20日間は勉強の比重をグッと上げていかなければなりません。
そして、1,2年生はマーチングコンテストがあります。
ということで、このメンバーで1日練習をできるのは今日を入れて3日間ということでした。
あとは、明日と明後日のみ。
なんだかアっという間にここまで来たなと感じています。
コロナとの闘い
コロナの影響があったとはいえ、
2年前のコンクール中止。
何が何でも演奏会をしようと、8月に定期演奏会をやって引退した第57代。
あの代がコンクールあればな~と思い出すことが今でもあります。
こう見えて結構過去を引きずることもあるんです。
58代は徐々に回復したとはいえ、依頼演奏などのイベント演奏が一切無く、合宿もできず、定期演奏会は3度も延期となりコンクール直前までずれ込んでの開催。
そのあとに直前まで、当日までひやひやしながら乗り切ったコンクール。
結果も本当に悔しい「ダメ金」(嫌な言葉ですね・・・)
今でも「金賞セレクション」に載っているDVDを恨めしく見る事があります。
ああだったら、こうだったらと考えても仕方がありません。
でも悔しかった。
これにくらべれば、59代ははるかに恵まれた環境です。
もちろん思うとおりに行かないことも山ほどありますが、でも過去2年間とは比べ物になりません。
ここまで、紆余曲折を経ながら、「こんなことあるの!?」ってこともしばしばありましたが、たまってきているうっぷんを音楽にぶつけるかのように、一心不乱に音楽に打ち込む日々でした。
幸福論
この状態を「幸せ」と言います。
他人には分かりません。
参加している当人にしか、しかも参加者同士ですら感じていることは異なります。
ですから正確に言えば
「私の幸せ」
です。
でも、そんな個々人の幸せの中には、「幸せ」の共通項があります。
ぜひ、この共通項をしっかりと理解し、体験し、そしてこれからの人生で再現してほしいです。
時間
長い時間の積み重ねほど意味をもつものはありません。
私が歴史の教員だから余計そのような考えになるのかもしれませんが、例えば日本の歴史、特に支配者の系統は世界的に見ても「継続」の点ではトップレベルの長さです。
これを「ただ長いだけ」と切り捨てるのは間違いです。
様々な紆余曲折を経て、本当かどうかは別として2600年ほどの歴史を持つ支配者が君臨(とはえいない時期も含め)していたのは、やはりそれなりの重みを持つのです。
紀元前660年ですからね・・・。
中国は春秋戦国時代。
古代ローマはまだポリスだったと建国史に記していますが、結構盛っているはずです。
古代ギリシアの発展もこの後ですし、ペルシア人の活躍ももう少し後です。
この頃に君臨した王の末裔が「天皇」というのは、にわかには信じがたい事実です。
でも、信じている人も多いので、当然その重みは厳然たる事実として存在しているのは間違いありません。
世界史的に見ると天皇の系譜は稀有な長さです。
ちょっと吹奏楽部から離れてしまいましたが、「時間」のお話でした。
1年生。
今の3年生は7月に入部しましたね。
部活停止期間も合わせると7か月は活動がすくなかった1年生。
2年生も活動の制限がありましたが、滑り込みでアンコンの合宿はやりました。
冬季演奏会に向けて合宿もやりましたね!
3年生。
予定通りに定期演奏会も実施して、観客を満席にはできませんでしたが、それでも温かい拍手を頂いて素晴らしいコンサートを実施することができました。
そして今です。
これまでのとてつもなく長い、でも振り返ると一瞬の日々の積み重ね。
これが、今皆さんが感じている「幸せ」に大きく寄与しています。
インスタントじゃだめなんです。
3分では幸せは作れません。
じっくり、ゆっくり、何度も何度も繰り返して磨き続けたものに人は価値を見出します。
2 他者の存在
自分以外の誰かがいることは非常に重要です。
なぜならば、自分以外の誰かは「自分のために」ふるまうために、他者へ大きな迷惑(と感じている)をかけるからです。
これが、年代をまたがると一層重要な意味を成します。
先輩と後輩の関係。
その他者は「自分の鏡」です。
相手が思うように行かない様子を見ていらだつのは、そこに自分自身を見出しているからです。
誰でも思うように行かない人生をもがき、苦しんでいるのです。
絶対に分かり合えない!
と思っていた仲間とも、結局長い時間を積み重ねて、節目を迎える時には仲間意識が生まれているものです。
「分かり合えない他者」と何かを成し遂げた達成感。
これは大きいです。
ここに「幸福感」を生む要素があります。
成長
自分自身が大きく成長したことに気が付けば、そこに大きな達成感が生じるのは当然でしょう。
どんな時に成長を感じるか。
1つは、先ほどと同様に他者の存在が大きいです。
後輩を面倒見る自分を客観視した時に、「ああ、自分も成長したな」と感じるものです。
さらに、音楽、楽器演奏という活動なので、単純に技術の上達が満足感を生み、そこに幸福を感じるということもあります。
何より、個人だけではなく、部全体の演奏が一定の水準を越えると、自分で演奏していて鳥肌が立つ経験をします。
自分自身の成長に加え、チームとしての成長を実感することで大きな達成感を得ます。
他者の評価
家族のみならず、コンクールでは「〇賞」という評価が出ます。
音楽の専門家が、様々な観点で他の団体と比較して評価してくれます。
これが期待通りであれば本当にうれしいです。
コンクールという価値観、という限定された空間ですが期待通りの評価は大きな満足感を得られます。
これがいわゆる、ドーパミン(神経伝達物質 快楽を感じる)系の「幸せ」なので、ちょっと危険ではあります。
いわゆるギャンブルと同じ、中毒的な魅力を感じてします。
大人でもコンクールに熱中する方がいらっしゃるのは、間違いなく「ドーパミン」のなせる業でしょう。
このような点から、吹奏楽部で得られる「幸福」を考えてみてもらいたいです。
その上で、このような要素を他のものにもあてはめて考えてほしいです。
哲学のすすめ
ちなみに!
哲学の分野で「カント」先生はこれに通じる大切な定義を示しています。
※「幸福」の理解につながる根源的な内容です。
カントによる私たちに「アプリオリ(先天的に)」に備わっているものの説明は、私たちの思考を知る上で非常に大きな刺激をくれる内容です。
「幸福」は重要な哲学のテーマです。
ぜひ、「幸福」を実体験している皆さんには、哲学に興味を持ってもらいたいです。
世界の見え方が変わります!
さて、話はそれましたが、とにもかくにも残りあと2日。
結果が出る前が一番「幸せ」という方もいます。
無我夢中で走っている時が「幸せ」です。
たぶん、8月10日の12分間が最高に「幸せ」を感じるでしょう。
そして、それが9月、10月とつながることを確信しながら、また明日も頑張りましょう!
コメント