文武両道

 新聞部が誌上ディベートで、「部活動の外部指導者導入」に賛成 or 反対 というテーマを取り上げるということで、何と私に「反対」の意見を述べるという依頼が来ました。ディベートですので、議論がかみ合いやすいように、外部指導者に完全委託という条件でした。私としては①費用負担の増加、②人材確保の困難、③学校教育の在り方 という論点で意見を展開しました。詳しくは紙面でご確認いただきたいのですが、私としては③の学校教育の在り方が最も重要な点だと述べました。

 奇しくも本校の校訓も「文武両道」と掲げられています。
 そもそもこの「文武両道」は、長い日本の教育界に連綿と引き継がれてきた、「心も体も鍛える」という思想の現れです。かつては剣道、柔道など武道により体を鍛え、学問によって頭を鍛えるという事が王道とされてきました。これが現代の学校教育においても引き継がれているのです。

 さて、部活動を外部指導者へ完全に委託するとは、これは学校教育から部活動を切り離すという見方もできます。理由は様々あるにせよ、もしこれが授業であればどうでしょう。授業の質を確保する、手が回らないので外部に委託する。予備校の人気講師のビデオでも放映しますか?それとも高いお金を払って人気講師を呼びましょうか。いやいや最初から東京の予備校へ行ったほうが早い!

 また、私は生徒会の主担当ですが、学校祭、スポーツ大会、徒歩ラリー、その他生徒会行事はどうでしょう。これも様々な理由を上げてやめる、という選択肢があるのだとすれば、つまり学校はいったい何を持って生徒の「成長」を担保するのでしょうか。

 そもそもこのような議論が起こる本当の背景には、学力偏重主義が潜在しているのではないでしょうか。教員がブラックだとか、もっと専門の指導を受けた方が良いとか、もちろんそれらは真剣に議論するに値する課題です。しかしながら、それが学校教育の柱を削る、または変える方向へ進むのはいかがなものでしょうか。本質も見誤った議論になりかねないと思えます。

 さらに深く検討すれば、学力偏重主義の背景には「不安」があり、それをとりさるために何らかしらの「確約」を得ようとしてるように感じます。「いい大学に行って、大企業に勤めて・・・・」っていう「安定」を信じている人は、この激動の現代になかなかいないと思います。「安定」などどこにも存在しないのです。だからこそ、今教育に求められるのは、激動を生き抜く力を育てることではないでしょうか。そのために、かつて日本が経験した激動(明治維新でも、第2次世界大戦でも)を生き抜いた人材たちが経験した教育を振り返るべきです。

 131年の伝統を誇る不動岡高校。幾多の困難を乗り越え、激動を生き抜く人材を輩出してきた不動岡高校。その校訓が「文武両道」、「質実剛健」なのです。そして「品格あるリーダー」を育てる不動岡高校の教育。リーダーとは困難に立ち向かう、その他大勢が「不安」に苦しむ中、自分の「不安」を吹き飛ばして先頭に立つ人です。これから訪れる激動の時にこそ、リーダーの存在が必要になるのです。

 様々な課題、問題があっても、これらの校訓に疑いの余地はありません。変わる必要はなく、変わるわけもありません。みなさん自信を持って、確信を持って、心も体も鍛えるバランスの良い高校生活を送ってください。そして大きく大きく「成長」してください。

 ということで、学校のあるべき姿を考える良い機会になりました。
 新聞部の皆さんありがとうございました!

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