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不思議な一日

令和3年6月10日

本日は一日お休みをいただき、父親の葬儀に参列してきました。

朝霞へ

実は私は小学校1年生まで朝霞に住んでいました。
ちょっと懐かしかったです。

そっくり!?

斎場につくと、皆さんが私を見てびっくりするので、こっちがびっくり。

どうも「そっくり」なのだそうです。
私自身は父親と会ったのはこの40年で数回しかないので、似ていると言われてもなんとも・・・。

とにかく斎場にいる方皆さんがそのように言うので、やはり似ているのでしょうね。

ちなみに比較的親交のある従妹が、私だと分からなかった!というのですから・・・。
まあDNAは頂いておりますので、似ているのも当然と言えば当然。

とても不思議な感覚でした。

告別式自体はコロナ対応で簡素化した内容。
参列したのも親族だけで、年齢を重ねるとお葬式はちょっと寂しげになりますね。

ちなみに父親の兄も若くしてお亡くなりになりました。
実は、父親よりもこの叔父の方が私たち家族をとても気にかけてくれて、折に触れてお会いする機会がありました。

母も大変感謝していたので、叔父の葬儀には金子家の子どもたちも連れて参列したのを覚えています。
父親よりも叔父の記憶が強い、というのも何だか不思議なものです。

ちなみに家族の歴史としては、父方は物語のように面白いです。
私の曽祖父(私の名付け親)は東京市議会議員だったそうです。葬儀に故鳩山邦夫氏がいらしていたので、鳩山一郎率いる自由党と関係があったのだと思います。

いわゆる名士の家柄で、豪華な邸宅だったのを記憶しています。
国技館には升席を持ち、それを借りるために色々なところから付け届けがあるような家でした。
ちなみにお買い物はお金を払わない。いわゆる「つけ」で御用聞きが来るってやつですね。

また、祖母はプロのダンサー(社交ダンス)で、賀状は必ずブラックプール(英国、社交ダンスの本場)の絵葉書だったと記憶しています。

この祖父母は早々に解散し、祖父にお世話になった叔父、祖母に叔母と父が引き取られたそうです。
しかし、叔父は今でいうネグレクト、また継母のいじめに耐え兼ねて、遠くはるばる大塚まで逃げてきたそうです。

この時、父と叔父は物心ついて初めての対面で、「門のところに知らないお兄ちゃんがたっている!」と父が家のものに伝えたそうです。

そこから叔父は大塚の「おばあちゃま」(という呼び方が最早・・・。私の曾祖母)に引き取られました。

この頃すでに祖母はダンスパートナーと大阪に移り住んでいました。つまり、子ども3人は祖父母に育てられたのですね。ちなみに祖母の呼び方は「大きいママ」と呼んでいました・・・。

この祖母も大変かわいがってくれて、折に触れてお手紙をくれたり、演奏会に来てくれたりしました。

さて、叔父はとにかくカッコよくて、ちょい悪おやじって感じでした。
でっかいバイクに乗っていて、乗せてもらった記憶がおぼろげながらあります。

母親の実家(母は不在)に転がり込んだ叔父は、やっと家族の愛に触れあってすくすくと育つと思いきや・・・。

悪事の限りを尽くして、幾度となく国家権力のお世話になってしまったそうです。
その度に祖母(私の曾祖母)が謝罪、拘束された身柄の引き取りを繰り返したそうです。

曾祖母は保護士として、過ちを犯した若者の校正を見守る役目をなさっていました。
まさか自分の孫が・・・という思いだったでしょう。

かくして、叔父は伊豆大島の水産学校へと送り込まれたのでした。
そこで潜水士の訓練を受け、卒業後は日本全国を潜水士として回ったそうです。
確か瀬戸大橋の設置でも潜ったと言っていたような。(たぶん)

ちなみに、伊豆大島ではお目付け役から解き放たれ、こここでもやりたい放題だったそうです。
ご本人談でしたので、どこまでが本当か分かりませんが・・・。
大島の天然記念物の鳥を焼いて食べたって言ってましたね。

さて。
父親よりも叔父や、叔母、従妹には本当にお世話になりました。
親族の集まりにもよく呼んでいただき、学生の頃まで毎年新年会にも参加していました。

ただ、色々と問題児だった父は出禁だったようです。
紹介してもらった仕事で問題を起こしたり、お金、女性問題となかなか賑やかな人生だったようです・・・。

多分、私に配慮して、父親の話はタブーだったのでしょうね。
ということで、私の中に情報が一切ありません。
まあ、その方が幸せだったのかもしれません。

裕福な家柄で、甘やかされて育つとなかなか難しいのでしょう。
自分の実力と家柄の力を区別するのは大変な事だと思います。

何だか色々な人の話を聞いて、随分古い記憶がば~とよみがえりました。
基本過去の記憶はどんどん消え去るのに、大塚のおばあちゃまの家にいた犬が「ロン」という名前だったことまで覚えています。一緒にドッグフードを食べたという話は身に覚えがありません。。。

とっても不思議な時間と、人間関係が広がりを持った時間になりました。
最初は居場所が無いな~と思っていましたが、それなりに話が出来てよかったです。

70年の生涯。
これは短いなというのが感想。
やっぱり100歳まで元気に音楽していたいと思いました。
ギリギリまで海外にも行きたいし、世界中の人々に音楽の喜びを伝えられる人間になりたいという思いをあらたにしました。

健康が一番大切。
それが本日の一番の学びです。
そのためにプチ断食、糖質制限、内臓脂肪を減らします!

パストラルかぞ

火葬場へ移動中にパストラルかぞからバンバン電話が入りました。
あ!日程変更の手続きと支払いを忘れていました・・・。すみません。

再三の日程変更にも関わらず、使用料を返金をしてくださいました。
館長さんがFWO卒業生のお父さんだったこともあるでしょう。
本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。。。

ということで、高速をぶっ飛ばして学校に戻って色々と準備をしてパストラルかぞへ。

無事に支払い、その他の手続きも終了。
夏のホールリハーサルの日程変更も済ませて一安心。

で、学校に戻ると打楽器の課題曲メンバー選出のセレクション。
息つく暇なく、何とかメンバーを選出。
7人とも上手で感心しました。

ここから更に気合が入って、飛躍的に成長してくれることでしょう!

レ・ミゼラブル

基礎合奏から。

2,3年生なのでそこそこには合うのですが、常に満点の音を並べられません。
また、音程に関する基準がまだまだアバウト

やっぱりコンクールに向けて、集中力をさらに上げていく必要性を感じました。

個々の実力は間違いなくこれまでで一番です。あとはその実力を最大限に発揮する事が大切です。
普段の練習から質高く。
まだ甘さがあります。

とは言え、明るく、前向きに
一生懸命に練習しているので、ネガティブな、不幸を感じる練習ではナンセンスです。

練習から気持ちよく、幸せを感じながらやってまいりましょう。
そのためには、各自の主体性を信じる事。
お互いをリスペクトして、心から応援しましょう!

やる気はあるに決まっています。
無い人は練習に来ていませんから。

レ・ミゼラブル

小説にもはまってしまった「レ・ミゼラブル」
映画、原作そして、本物のミュージカルを見れば完璧ですね。
実はミュージカルは見ていないんです。
今度行こうと思います。

ストーリーを知り、イメージしながら奏でる事の幸せ。
普段からオリジナルをしっかり勉強して音楽に取り組むようにしてはいましたが、この作品を通じてその事の大切さを再確認しました。

随分昔の事。
日本吹奏楽指導者協会(JBA)の「吹奏楽ゼミナール」にて、指揮法の講座を受講したことを思い出します。

講師は厳しくて有名な某先生でした。
あまりに厳しくて、上級者コースの受講生が減るほどでした。
そんなことを知らずに受講した私は飛んで火にいる・・・・。

課題曲はヴェルディ作曲「運命の力」でした。
まず第一声が「君はこのオペラを見てきたのか!?」と厳しく追及され、しょんぼりしながら「見てません・・・。」と答える。

「君には指揮をする資格は無い!降りなさい!!」

音大生を指揮できる!と特別料金も払って申し込んだレッスンは秒殺で終了。。。
まあ、おっしゃる通りだし、あのまま血祭もなんだかな、と思い客席へ戻りました。

当然後続も同じ運命。まさに「運命の力」。
ただでさえ受講生が少ないうえに、皆さん秒殺なんで何と2周目が来るという・・・。
ネタですか!?って感じで再び指揮台へ。
大学生たちが優しい笑顔で迎えてくれましたが、先生はすんごい形相。

指揮をする資格はありませんが、時間の都合で指揮台へ・・・。
すると、「手を動かすな!」っていきなり手をつかまれました。
も~破れかぶれで「じゃあどうすればいいんですか?」って聞くと、「動かなければいいんだ!!」とのご指導・・・。禅問答かいな。

再び秒殺。
さすがに3周目は無く、早めに終了。
ホールのエントランスにいた事務局の友人から、「いや~K先生優しくなったね~」って。
あれでですか・・・。

今思えば、ちゃんと勉強して音楽しなさい。
あなたの手は演奏者に悪影響を与えています。
ということだったのです。

昭和初期の「自分で想像する」というご指導で、まさに斎藤秀雄先生の直弟子ということで、斎藤先生のレッスンもこうだったのかもしれませんね。

大変貴重な経験をさせていただきました。
ちなみにK先生のレッスンは諸事情によりこの年が最後でした・・・。時代の転換点でしたね。

それから10年以上の月日が経ち、K先生のご指導が身に染みて分りました。
少しは成長できたでしょうか?あ、先生はまだご存命だったかと思いますが。

ということで、定期演奏会では気持ちを込めて指揮したいと思います。
やっぱり技術的に難易度の高い曲なので、冷静さを保たないと乱れが生じます。
でも安定すると感情移入が薄くなり、感銘度が落ちてしまいます。

バランスって難しいです。
でも、定期演奏会ではFWOの「レ・ミゼラブル」を歌い上げます。
ジャン=ヴァルジャンとコゼット。
ファンテーヌ、ジャベール!それぞれのキャラクターを聴き手がイメージ出来るように、気持ちを込めて演奏します。

ぜひ、お楽しみになさってください!

やっぱり、何はなくとも「音楽」は人生に欠かせません。
今日の締めが「レ・ミゼラブル」で幸せでした。

さ~明日も頑張りましょう!
次はコンクールの曲かな。
しっかり仕上げましょう!!

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